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「人はいつからでも変われる!」その可能性を信じ、自らを拡張させていく。

袖川航平(そでかわこうへい)
株式会社Seven Rich Group採用支援事業部 /2021年4月入社
1994年5月4日生まれ 27歳
立教大学卒業後アクセンチュアに入社。テクノロジーコンサルティング案件に携わる傍ら個人でコーチングの仕事も始める。国内最年少で国際コーチング連盟のプロフェッショナルコーチ資格を取得。
コーチングの可能性を模索するために現職へ転職。


【器用貧乏で人と比べてばかりの幼少期】

澤田〉
事業部メンバー対談の第一弾として今日は同じチームメンバーのこうへいさんと話していきたいと思います!それでは簡単に自己紹介を、どうぞ!!

袖川〉
よろしくお願いします!
生まれは東京なんだけど、小学校2年生までは千葉に住んでた。そこからはまた東京に戻ってきてそれ以降はずっと東京に住んでる。
小さい頃は、今のイメージとはかけ離れているけど血気盛んで、暴れん坊だった。すぐ喧嘩して、暴れるタイプだった。

澤田〉
早速今と違いすぎるな…!

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親からは「本当に大変な子だったんだよお前は」と今ではよく言われます。(笑)
左:澤田 右:袖川

袖川〉
昔はそうだったんだよね。公園に遊びに行って、遊具に並ぶのが耐えられず、前にいる子たちを突き飛ばしていくようなやんちゃっこだった。けどそこでエネルギー使い果たしたのかも。今はどちらかというと落ち着いているよね。(笑)
それからの学生時代はいわゆる器用貧乏タイプだったかな。好奇心旺盛だから色んなことに手を出してた。幸いなことに人よりすぐにある程度うまくできることが多かったんだけど、それ以上は伸びないようなタイプだった。剣道、野球、水泳、陸上と色々やってはある程度できちゃうから周りからチヤホヤされることも多く、そこで満たされることもあり、向上心にはつながらなかった。けど、成長するにつれて自分よりその物事に秀でている人がたくさん出てきて、もちろんその人たちに敵うこともなく。自分の器用貧乏が仇となり、自己表現の仕方が分からなくなったんだよね。

澤田〉
俺も器用貧乏タイプだから分かるな~。当時はどんな心境だったの?

袖川〉
辛いというか、モヤモヤしてたよね。常に誰かと比較してしまう時期だったから。けどちょうどその時期にドラムにハマった。これが実は大きなターニングポイントになっている。ドラムって人との比較じゃなくて、自分との戦いなんだよね。自分の体調一つで音が変わるし、ドラムが崩れれば曲のリズムも崩壊するし。初めて心から面白いなと思えてハマることが出来た。ドラムに打ち込むことで他人ではなくて自分と向き合うことが出来るようになって、失っていたアイデンティティというか自己肯定感を取り戻すことが出来たかな。人と比べなくてもいいやと思えるようになったんだよね。

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5歳の時に親戚との集まりにて。

【コーチングに見出したアイデンティティ】

澤田〉
自分と向き合うきっかけをくれたのがドラムだったんだね!
その他にこうへいさんがハマっていること、好きなことはある?

袖川〉
人の話を聞くことに関しては小さいころから強く興味があった。物心着いた頃から、人は話を聞いてもらいたい生き物だと思った。会話はしているけど事柄だけで話が盛り上がり、本質的なところに会話が及んでいないというか。会話の満足度が低い感じがずっとしてたんだよね。話したいのは感情の部分なんだけど、上辺や事象にだけに話が及ぶのに違和感があって。

澤田〉
ほうほう、どんな経験から?

袖川〉
俺の場合は家庭環境だね。両親が離婚していて、小さい頃から両親の仲が良くなかったんだよね。2人とも家にいる時はストレスを抱えていただろうから、俺の話もイライラしながら聞いてるんだと思い込んでた。だから学校での話とか、誰かに伝えたい内容を、自由に両親に話をすることが出来なかった。その期間が長かったし、友達との会話でも同様に満足度は低かったんだよね。だから、自分が人から承認されていないという感覚になることも多かったのかなと。この経験から話を聞くということに興味を持ち始めたんだと思う。まずは自分がしてもらいたいことを提供しようと思考が切り替わった気がするな。

澤田〉
そんな過去があったんだね!そこから「聞くこと」を意識し始めたの?

袖川〉
そうだね、小学生からそこに違和感を感じていて、自ら聞き手に回るようになったかな。そうすると喜ばれることが多くなってきた。一つ自分の武器が見つかった感覚だったかな!
ずっとこの関心が褪せることはなくて、大学になってから愚痴屋を始めたんだよね。

澤田〉
ぐちや…なにそれ!?

袖川〉
道端で通りすがりの人たちの愚痴を聞くっていう活動!椅子と愚痴屋と書かれた看板だけを持って街に繰り出す(笑)。聞くという事を極めたらどうなるのか、どんな影響があるのか気になって行動し始めた。そこではやれ不倫されただの、やれ勉強が嫌だだの、通りすがりの人が立ち止まって色々と話してくれた。みんな話し終えるとスッキリしてくれて、「聞く」ということが持つ価値を改めて感じたんだよね。

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愚痴屋デビューの時。代々木公園にて。

澤田〉
面白い活動だな~~笑。やろうと思ってもなかなか簡単にできることじゃないよね。

袖川〉
そうかも…それこそ最初の一歩目がすごい大変だった(笑)。街中で一人で看板構えて座って待つ行為が、すごく異質だよね。そんなことしたことないし、頭おかしいと思われそうで、恥ずかしかった。けどここに関してはサクラを用意して、友達に協力してもらって、一歩目を踏み出せた。最初の一人目をクリアするとその後は楽だったかな。学びとしては共通して、みんな「自分」を聞いてもらいたいし、認めてもらいたい人が多いんだなと思った。人は自分の中の気持ちを外に出して受け入れてもらいたい生き物なんだなと、それだけでも前を向ける生き物なんだと気づいた。

だけど同時に思うことがあって、愚痴を聞くだけでは、その人の次のアクションに繋げることが出来ないなと。当時の俺はあくまで愚痴聞きでスキルもないから、話に共感して聞くということしかできなかった。そこにもどかしさを感じることも多く…。「ちょっと考え方変えるだけで」「一つアクションを起こすだけで」変われそうな人はほんとに多かったと思う。
その時たまたま知り合いの社長に「コーチング」という手法があるということ聞いて。もしかしたら俺がやりたいのはこれなのかもしれない、とビビっときて、独学で勉強を始めたんだよね。当時は学生だったから、大学の図書館でコーチングに関する本を読み漁ったり、コーチングのサミットとか潜りこんだりして勉強して、所属してた学生団体で実践してた。

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大学4年生。当時所属してた学生団体の合宿にて。

澤田〉
これまでは器用貧乏で熱量高く継続的にってことがなかったと思うのだけど、なぜコーチングにはここまで熱を注げたんだろう?

袖川〉
そうだな…。自分の「好き」と「得意」、そして人からの「感謝」のベン図の真ん中に当てはまったからかな。ドラムも好きだったけど、感謝はされなかった。ただコーチングに関しては人から求められるくらいになって、良い相乗効果が生まれた。

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澤田〉
3つの要素の掛け合わせに、コーチングがささったのか。

袖川〉
そうそう。感謝されるってことが自分には大きくて、ここの要素は絶対に削れないなと思ったかな!人から感謝される喜びを人一倍欲しているのかもしれないね、これもさっき話した家庭環境とかが影響しているのかも。

澤田〉
確かに感謝されるっていう項目は大切だよね。
この流れでこうへいさんの価値観を聞きたくて、その他に大切にしている考え方はある?

【人はいつからでも変われる】

袖川〉
人はいつからでも変われるという考えは大切にしているかな。どのタイミングからでも、どんな時からでも、人は変われる。アドラー心理学にも繋がってる考え方なんだけど。実際に俺自身がそうだったからこそ、この思いは強いのかもしれない。浪人時期とか、両親の離婚とか辛い出来事が同時期に重なって、その影響でかなり酷く自暴自棄になった時もあったんだけど、ふと立ち返ってみると、実は自分は一人ではなく、周りのみんなに支えられて今を生きているんだなと気づくことが出来た。悲しいことも辛いことも結局、自分がどう受け止めて行動するか次第だと気づけた。その気づきや支えがあって、どん底から立ち戻ることが出来たからこそ、同じような境遇の人の希望になりたいと思う気持ちはあるのかもしれない。人はいつからでも変われるということ、その可能性を広めていきたい

澤田〉
そんな思いがあったんだね。ここは愚痴屋をやる理由にも繋がっていそうだね!愚痴屋でいろんな人見てるからこそ、その人たちのが少しのアクションで変われる可能性も感じていただろうしね!

少し話は変わるけど、これまでの社会人経歴はどんな流れだったの?

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袖川〉
1社目はアクセンチュアに入社した。入社理由は2つあって、一つは1年目から稼げるという事と、もう一つは成長環境があるということ。稼ぎたかったのはコーチングが関係していて、それまで独学で学んでいたけど、独学の限界を感じてスクールに通おうと調べたら、140万円以上かかることが分かり、、、。想いとしてはコーチングをしっかりと学びたい気持ちがあったから、その投資分を早く稼げるようコンサル業界を志望した。

澤田〉
なるほどね、ここもコーチング軸だったんだね!実際のコンサルでの経験はどうだった?

袖川〉
心のタフネスはついたと自負してる。毎日深夜まで働いてたし、上司から詰められた経験、優秀な同期と過ごした経験は、コンサルで味わえてよかったと思う部分かな。とにかくメンタルが強くなった!(笑)
学生団体とかやってたから「俺できるんじゃね?」と思ってたけど、ズタボロにされた。全然ダメだった。特に秀でてるものもなく、凹んでた。そういえばよくトイレの個室で泣いてたな~(笑)。帰り道の電車で涙止まらないとかもあったな(笑)。

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トイレで泣いてる時に別拠点で働く同期にメッセージしたら「俺も今泣いてるよ〜」と返ってきてちょっと安心しました。

澤田〉
色々あるな~(笑)。想像している通りのハードな環境だったんだね。辛いことも多かったと思うけど、2年間はコンサル業界にいたんだね。

袖川〉
そうだね。2年間ハードワークし続けられたのは、自分で決めたことをやり切りたかったからかな。あと、「どうせ死ぬことはない」って割り切ってた部分もある(笑)。

澤田〉
なるほどね、めちゃめちゃいい割り切りだ。その中でキャリアを変える決意をしたのはどんな背景からだったの?またコンサル時代の経験が活きていることはある?

袖川〉
一番大きいのはコーチングでの借金を返し切ったタイミングだったからかな。手に入れたものも多くて、次の場所での挑戦を決めた!

活きていることといえば、ハードワークできるところ、特に「しんどいけどやり切る」精神は今も活きていると思う!思考体力というか、考え続ける癖もアクセンチュアで身についたと思うな。

澤田〉
なるほどね。こうへいさんは愚直に物事に向き合う力は誰よりも強いもんな~!これはみんなに聞いているのだけど、これまでの経験でのハードシングスはある?

【コーチングだけが、続けてやってこれた】

袖川〉
ハードシングスか分からないけど、コーチング勉強してる時かな。周りの友達や家族にコーチングを理解されなかったんだよね。稼げないでしょとか、そんな観点で言われるのも辛くて、応援して欲しかっただけなんだけど…。コーチングを一緒に学んでる仲間にも、「そでこは若くて人生経験が足りないから、自分だったらコーチ依頼しないな」と言われることも多くて、、、。コーチングは自分が初めて本気になれるものだったのに、認められなくて辛かった。けどそれがきっかけで火がついたっていうのがあったかな。

当時は話聞くだけでしょ、とか、若い人がやるやつじゃないでしょとか結構色々なこと言われたかな~。

澤田〉
なるほどね、コーチングは俺も習っていることもあって、概念分かるのだけれども、確かに理解するのに時間かかることもあるもんね。今一度こうへいさんからコーチングについて説明してもらっても良い?

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拓真とは1歳違いですが、仕事もプライベートも話せる良き相談相手です。

袖川〉
テンプレみたいになるけど、コーチングをするコーチの語源は馬車なんだよね。ここには大切な人やモノを目的地に運ぶという意味がある。そこから、コーチングもクライアントの目標達成支援ための関わりという意味がある。あくまでも正解はクライアントの中にあるとして、こちらが答えを提示することはない。効果としては自分の想いの言語化や、目標設定とその実効性の向上。最近少しづつ流行ってきていて、学生までもが受ける時代になってきた。これまでの時代って論理的に考えた答えで生きていくことが正しかったけど、今はSNSとかもあって個人の自由が表現しやすくなった時代。それぞれの想いを形にしやすい時代だからこそ、自分の内面に向き合うコーチングの需要が伸びていると思う。

澤田〉
ありがと!凄い分かりやすかった!
こうへいさんを語るうえでコーチングは外せない要素になっていると思うのだけど、何故コーチングに対するフィット感が強かったのだろうか?

袖川〉
う~~ん、一番は継続したからかな。1年も経つと多くの人がコーチング辞めてたりするんだよね。これまでの人生を振り返ると、ここまで続けられたものってコーチングしかない。

澤田〉
ここも大切なテーマになってる気がするね。自分の軸みたいなものがあるのは強いよね。その中ではになるのだけれども、なぜセブンリッチグループに入社をしたの?

袖川〉
アクセンチュア辞めてフリーでコーチングやってた時、たまたま申し込んでくれた人がSRG(セブンリッチグループ)の人だった。それで、「SRGにはコーチングの事業部がある」ということで繋いでもらったのがTHE COACHのこばかなさんだった。

袖川〉
THE COACHでは人は充足していたんだけど、LYLでは人を探しているということでLYLの小山さんを繋いでもらえた。
その時の俺は、コーチの働き方やキャリアの広がり方に多様性がないなと思っていた。専業でやるか副業でやるかという二択しかないような状況で、かつ専業コーチってすごくハードル高いから、若い人が参入しづらい業界だった。だから、業界的にも先細りしていくと思った。
単純に「俺が事業作ってコーチを雇用できれば、コーチング業界に貢献でききるんじゃね?」と思ったんだけど、フリーだと限界があるから事業会社に行きたいと思って。そんな想いを小山さんに話したら共感してくれて、最初は業務委託でSRGに加入した。
けどスピード感もないし、仲間感もなかったから、SRGに4月に正式加入することを決めた。

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PCに貼ってるステッカーは海外クリエイターから購入したお気に入りのもの

【SRGでの日々】

澤田〉
おぉ~グループへの入社のタイミングは俺と同じなんだね!実際入社してみてはどうだった?

袖川〉
SRGがとてもおもろいなって思った。ここまで多様性ある会社中々ないよね。クリニック、カレー、マーケ、エンジニア、デザイン…幅広いし、色んな専門集団が共闘してる環境って面白いなと感じた。

澤田〉
間違いないよね。コーチングの事業も一度検討していたりしたと思うけど実際に動いてみてどうだった?

袖川〉
新規事業の難しさを改めて感じた。モノを売ることの難しさ、集客方法、価値提供とか分からないことだらけで。作ることでいっぱいいっぱいで、「これ誰のためのサービスなんだっけ?」って思うようになった。ユーザーに目が向いてないなとも感じた

澤田〉
必要となる視点が多かったんだね。

袖川〉
そうなんだよね、「やらないといけない」って思い込んでしがみついてた気がする

澤田〉
なるほどね。タイミングとかもあるしね。
その中でどうして今のHR Account Executive(採用支援事業部)に来るってなったんだっけ?

袖川〉
二つあって。新規事業を上手くいかせるためというのと、個人で売り上げを立てられるようになるため。当時は新規事業開発していて人件費だけ嵩んでいてどうしようかという状況だった。その中で光史(HR Account Executive代表)が気にかけてくれた。俺がやろうとしている新規事業が主にキャリアに悩む人向けのコーチング事業だったから、採用支援と親和性があるよねということで、HR Account Executive(採用支援事業部)で俺ごと引き取ってくれた。

澤田〉
社内引き抜きにあった感覚だね、けど間違いなくうちにあってると思うよ!キラキラしてるし、生き生きしていると思う。

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袖川〉
俺もそう思う!最近、コーチングも採用支援も人材輩出ってところは共通しているなと思った。採用支援は自分たちの大切なクライアントに、求職者を紹介すること。正直最初はコーチングとは全然違う筋肉を使ってるから戸惑いも多かったんだけど、今やりがいを感じているのは人材輩出という共通点があるから。

【コーチングを活かした転職支援】

澤田〉
一緒ってところに気づけたんだね、コーチングの経験は役に立ってる?

袖川〉
コーチングのマインドは間違いなく活かされているかな。俺の好きなコーチングのマインドに「人はもともと創造力と才知にあふれ、欠けるところのない存在である」という考えがあり、これを意識して接している!あとは、ヒアリング能力が高いと求職者の方に言っていただけることが多いけど、それはコーチングで培った傾聴力が大きいかもしれない。

さらに候補者の気づきを引き出せていると思う!自覚的じゃないニーズをこちらから一方的に提示するんではなく、一緒に見つけていくという感覚を掴んでもらってるのかも。「こんな話他のエージェントさんにしたことないです」とか「袖川さんと話して初めて気づきました」と言ってもらえることは多いかな。

【今後やってみたいこと】

澤田〉
いいね!コーチングを活かした関わり方が出来ているんだね。ちなみに今後は、Boxで何をしていきたいの?

袖川〉
チームを作ってみたい
自分で成績を残していくのもいいんだけど、マネジメントとか育成にも挑戦していきたい。これまでマネジメント経験がないからというのと、今度Boxが拡大していくうえメンバー見ていける人は必要になるし、そこに一役を担っていきたい!そのためにもっと自分自身が成長をしないとなんだけどね。

澤田〉
おおーいいね!ここはどうしてチームを持っていきたいの?

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袖川〉
学生の時に学生団体で採用を任されていたんだよね。ESとか面接もある団体で、そこの採用責任者をやっている時ってすごくやりがいがあった。責任感と辛さもあったけど、想いや理念をもってチームメンバーと頑張れたから続けることが出来て、成功に至った経験があったんだよね。

澤田〉
いいね!!!どんなチームをこうへいさんは作っていきたい?

袖川〉
2つかな。メリハリがあるチームで、志の高いチームが良い!
どうせなら大きな目標を目指したほうがヒリヒリして面白いし、そこに向けて「やる時はやる。遊ぶときは遊ぶ」っていう精神で臨みたい。
学生団体の環境がまさにそのような環境だったから、それをまた自分の力でつくれたらなと思ってる。

澤田〉
遊びや余白ってのもビジネスにおいては大切だよね!その他挑戦したい領域などはある?

袖川〉
コーチングを活かした事業作りとICF(国際コーチング連盟)の運営に携わっていきたい。やっぱりコーチング業界に貢献したい気持ちはブレないし、俺の一番の願いは「コーチの雇用が生まれる仕組みをつくること」だから手段問わず色々やっていきたいな。
既にICFの人とは会話してて、運営に携われることになったので、今年はここも頑張ります!

澤田〉こうへいんさんらしいね!最後に是非意気込みを!

袖川〉自分自身が人の可能性を広げ続けられる人でありたいなとずっと思っています。僕自身もそういう人生だったので。関わる人たち全てにとってポジティブな影響を与えて、可能性を広げられるようになりたい。そのためにも、手段問わず色々挑戦していきます!

P.S
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